1/1 ( 正解 問 ) 解答を表示
 下線部dに関連して、次の史料に関して述べた下の文a-dについて、正しいものを選べ。

只野真葛(ただのまくず)(1763?1825)こと工藤あや子は、江戸詰の仙台藩医工藤平助の長女として、江戸に生まれた。工藤平助は海外情勢に詳しく、ロシアに関する研究書などを書いたことで知られている。
 真葛は、仙台藩士と結婚して仙台に移ったのち、彼女の父母やその一族のことを随筆d:むかしぱなしに書き記した。

史料
用人(注1)いう、「我が主人(注2)は、富にも禄にも官位にも不足なし。この上の願いには、田沼老中の時、仕置きたる事とて、ながき代(注3)に人のためになる事をしおきたく願うなり。何わざをしたらよからんか」と問い合わせしに、父様(注4)御こたえに、「それはいかにもよき御心付(こころづけ)なり。さあらば、国を広くする工夫よろしかるべし」。
問(注5)「それは、いかがしたる事ぞ」。
答(注6)「それ、蝦夷国は松前より地つづきにて、日本へ世々随い(したがい)居る国なり。これをひらきて、みつぎ物をとる工面をなされかし。日本を広くせしは田沼様のわざとて、永々人の仰ぐべき事よ」。
(只野真葛『むかしぱなし』)

(注1)用人:ここでは田沼意次の家来。
(注2)我が主人:田沼意次。
(注3)ながき代:後世。
(注4)父様:工藤平助。
(注5)問:用人の問い。
(注6)答:工藤平助の答え。

a 田沼の用人は、主人(田沼)は金もうけや地位の上昇にしか関心がないと述べている。
b 田沼の用人は、主人(田沼)は後世に残る仕事をしたいと願っていると述べている。
c 田沼は、工藤の意見をふまえ、蝦夷地開発の可能性を調査するため、最上徳内らを同地に派遣した。
d 田沼は、工藤の意見をふまえ、蝦夷地・松前に近づく外国船を打ち払うよう命じた。
① a・c ② a・d ③ b・c ④ b・d
2016日本史B 問4 第5問改




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