2017年世界史Bの個別情報

センター試験の世界史B(2017年)について1問ごとに問題文と解説の確認ができます。問題番号に「改」が含まれる問題はオリジナルからスマホ学習用に編集されています。

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問題文 / 解説
1第1問
問1改
世界史上のキリスト教の異端について述べた文として正しいものを選べ。
①ネストリウス派は、漢代の中国に伝わった。
②フス派は、トリエント公会議で異端とされた。
③アリウス派は、三位一体説を唱えた。
④カタリ派に対し、アルビジョワ十字軍が組織された。

①× : ネストリウス派は431年のエフェソス公会議で異端とされ、漢ではなく唐の時代に伝った。「キリストは人間として生まれ、神性を帯びて、三位一体の存在になった。」としている。
②× : フスが異端認定されたのは、1414年のコンスタンツ公会議である。トリエント公会議は、反宗教改革を目的に北イタリアのトリエントで開催した宗教会議であり、宗教裁判所設立や免罪符販売を禁止した。
③× : アリウス派は三位一体を否定する立場。アタナシウス派が三位一体を主張する。アタナシウス派の中に、ネストリウス派、単性派、カルケドン派がある。
④〇 : カタリ派討伐のために組織されたのがアルビジョア十字軍。なお、カタリ派はアルビジョワ派ともいわれる。

単性派は、「キリストは人間として生まれ、神性を帯びて、三位一体の存在となった後、人間性は神性に吸収され、神性のみのそんざいとなった」としており、カルケドン派は、「キリストは、神性を帯びた特別な存在(三位一体)として、この世に生を受けた」としている。
2第1問
問2改
アフリカの歴史について述べた文として正しいものを選べ。
①ニジェール川流域で、モノモタパ王国が栄えた。
②クフ王のもとで、アマルナ美術が栄えた。
③ベルベル人の間で、イスラーム教への改宗が進んだ。
④マダガスカルが、ドイツの植民地となった。

①× : ニジェール川流域で栄えたのはモノモタパ王国ではなく、マリ王国・ガーナ王国・ソンガイ王国などのイスラーム王国である。モノモタパ王国はザンベジ川流域で栄えた。
②× : クフ王といえばピラミッドを建設されたことで有名。アマルナ美術は前14世紀、エジプト新王国のアメンホテプ4世(イクナートン)時代に現れた、革新的で自由な表現をもつ美術。
③〇 : 11世紀に北アフリカの先住民ベルベル人のあいだで、イスラーム経の宗教運動が起きた。その後にムラービト朝が成立。ベルベル人は、ヨーロッパではムーア人(またはモーロ人)と言われた。
④× : マダガスカルを植民地としたのはドイツではなくフランスである。ドイツが植民地としたのはタンザニアやカメルーン、ナミビアがある。
3第1問
問3改
「地中海地域のキリスト教諸国」について述べた文として正しいものを選べ。
①アラゴン王国とカスティリャ王国が統合され、ポルトガル王国が成立した。
②ラテン帝国は、第7回十字軍によって成立した。
③シチリア王国は、アヴァール人により建国された。
④ビザンツ帝国で、聖像禁止令(聖像崇拝禁止令)が出された。

①× : アラゴン王国とカスティリャ王国が統合して成立したのは、ポルトガル王国ではなくスペイン王国である。ポルトガル王国は、1143年にカスティリャ王国から独立して成立した。
②× : ラテン帝国は第4回十字軍によって成立した。
③× : シチリア王国はノルマン人によって建国。アヴァール人は東方から来たモンゴル系遊牧民。
④〇 : ビザンツ帝国はイサウリア朝から始まりレオン3世とコンスタンティノス5世によって基礎が作られた。726年に皇帝レオン3世が聖像禁止令を発したが、西ヨーロッパのローマ教会との関係が急激に悪化した。

十字軍とは、西ヨーロッパのキリスト教(主にカトリック教会の諸国)が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍。 第1回:1096年に派遣。エルサレムを占領し、エルサレム王国を建国 第2回:1147年にフランス王ルイ7世などを指導者としたが、ダマスクス攻略に失敗。 第3回:1189年に英リチャード1世、仏フィリップ2世、独フリードリヒ1世が参加したが、奪還に失敗。 第4回:1202年にコンスタンティノープルを占領。ラテン帝国を立てる。 第5回:1221年にローマ皇帝のフリードリヒ2世からの援軍を受け攻勢に出たが十字軍は失敗。 第6回:1229年にフリードリヒ2世が主導。アイユーブ朝との外交によりエルサレムを回復(ヤッファ条約)。 第7回:1248年にフランスのルイ9世が主力となりアイユーブ朝と戦に敗北し捕虜となる(その後に釈放)。 第8回:1270年にルイ9世がチュニスを目指すが失敗。
4第1問
問4改
「多数派のヒンドゥー教徒と少数派のムスリムの対立」に関連して、次の年表に示した a ~ d の時期のうち、全インド=ムスリム連盟が結成された時期として正しいものを選べ。 a  1905年 ベンガル分割令 b  1924年 カリフ制廃止 c  1947年 インド独立 d
①a
②b
③c
④d

①× :  ②〇 :  ③× :  ④× :  
全インド=ムスリム連盟が結成された時期は1906年であり、bが正解。 全インド=ムスリム連盟は、インドの政党であり回教徒連盟とも言われる。 ベンガル分割令は、インド総督カーゾンが制定。ベンガル地方をヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の地域に分割統治し、民族運動の盛り上がりを抑えようとした。 カリフ制とは、オスマン帝国のスルタンがカリフの地位を兼ねる制度。
5第1問
問5改
「トルコ系ムスリム勢力」に関連して、ムスリムの君主や王朝について述べた文として正しいものを選べ。
①アイバクが、カージャール朝を創始した。
②サラディン(サラーフ=アッディーン)が、イェルサレムを奪回した。
③ムワッヒド朝が、アナトリアに進出した。
④アチェ王国が、セイロン島に建てられた。

①× : アイバクはムスリム王朝である奴隷王朝の創始者である。カージャール朝は1779年にイランで創始されアーガー=ムハンマドが建国した。
②〇 : サラディンは、十字軍国家との戦いに勝利してイェルサレムを奪回した。
③× : ムワッヒド朝はイベリア半島に進出した。アナトリアに進出したのはセルジューク朝などである。
④× : アチェ王国はスマトラ島に建てられた。
6第1問
問6改
「海上交易」について述べた次の文 a と b の正誤の組合せとして正しいものを選べ。 a チョーラ朝が、海上交易で栄えた。 b イギリスが、ゴアをアジア貿易の根拠地とした。
①a ― 正   b ― 正
②a ― 正   b ― 誤
③a ― 誤   b ― 正
④a ― 誤   b ― 誤

①× :  ②〇 :  ③× :  ④× :  
a チョーラ朝は南インドの王朝であり海上交易で栄えた。 b ゴアをアジア貿易の根拠地としたのはポルトガルである。
7第1問
問7改
ロシアやソ連の対外関係について述べた文として正しいものを選べ。
①ロシアが、明との間でアイグン条約を結んだ。
②ロシアが、カナダにアラスカを売却した。
③ソ連が、第二次世界大戦中に、ラトヴィアを併合した。
④ソ連が、フルシチョフ政権下で、アフガニスタンから撤退した。

①× : アイグン条約とは1858年にロシアが清と結んだ国境協定である。
②× : ロシアがアラスカを売却したのはアメリカ。
③〇 : ラトヴィアはソ連に併合されたが、その後のソ連崩壊に伴い、1991年に独立した。
④× : アフガニスタン撤退を決めたのはゴルバチョフ。フルシチョフは第二次大戦後のソ連の指導者であり1956年スターリン批判を断行するも63年に失脚。
8第1問
問8改
次のグラフは、1890年から1940 年にかけてのイギリス、ドイツ、ロシア(ソ連)の銑鉄(せんてつ)(鉄鉱石を溶鉱炉で溶かして還元した鉄)生産量の推移を示したものである。このグラフから読み取れる内容について述べた下の文 a と b の正誤の組合せとして正しいものを選べ。 a 第一次世界大戦後、ドイツの銑鉄生産量が、イギリスの生産量を初めて上回った。 b ロシア(ソ連)では第2次五か年計画の時期に、銑鉄生産量が大幅に伸びている。
①a ― 正   b ― 正
②a ― 正   b ― 誤
③a ― 誤   b ― 正
④a ― 誤   b ― 誤

①× :  ②× :  ③〇 :  ④× :  
a グラフ上でドイツの生産量がイギリスの生産量を初めて上回ったのは1905年頃だが第一次世界大戦は1914年開始であるため誤りである。 b 第2次五か年計画はソ連邦のスターリン独裁体制のもとで1933年より始まった(第1次五カ年計画は1928年~)。グラフの伸びと一致しているため正しい。
9第1問
問9改
「チェチェン人などのマイノリティ」に関連して、次の年表に示した a ~ d の時期のうち、チェチェン紛争が勃発した時期として正しいものを選べ。 a 1916年 中央アジアで民族反乱が始まる b 1941年 ヴォルガ=ドイツ人の強制移住命令が出される c 1986年 ペレストロイカ(改革)の本格的始動が宣言される d
①a
②b
③c
④d

①× :  ②× :  ③× :  ④〇 :  
チェチェン紛争とは、1994年に起きたロシア連邦軍と独立派武装勢力との紛争である。
10第2問
問1改
「フランス史上初めて憲法が制定された」に関連して、世界史上の憲法について述べた文として誤っているものを選べ。
①日本国憲法は主権在民(国民主権)をうたっている。
②アメリカ合衆国憲法は、三権分立の原則を採用した。
③ヴァイマル憲法は、男女平等の普通選挙を規定した。
④ミドハト憲法は、インドで制定された。

①× : 1946年に公布された日本国憲法の基本原理として、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義がある。
②× : 1787年に制定されたアメリカ合衆国憲法は、三権分立主義(大統領・連邦議会・連邦裁判所)である。この形態はイギリス革命の中で絶対王政の王権制限として始まり、フランスの啓蒙思想家モンテスキューが『法の精神』(1748)で体系化した。
③× : 1919年ドイツ共和国で制定された民主的な憲法。男女平等の普通選挙や議院内閣制、労働者の団結権や、団体交渉権を認めた最も先進的な憲法だが、ナチズムの台頭で消滅した。
④〇 : ミドハト憲法は、1876年に発布されたオスマン帝国における成文憲法である。1861年に公布されたフサイン朝チュニジアの憲法に次いでイスラーム世界二番目の憲法典である。
11第2問
問2改
「憲法制定国民議会」に関連して、世界史上の議会や集会について述べた文として正しいものを選べ。
①フランクフルト国民議会で、メッテルニヒが失脚した。
②アテネで、成年男性市民による民会が開催された。
③フランスで、模範議会が開催された。
④ハンガリーで、ドゥーマが開設された。

①× : オーストリア首相のメッテルニヒが失脚したのは1848年の三月革命であり、フランクフルト国民議会はメッテルニヒの失脚後につくられた。三月革命は、フランスの二月革命が波及してドイツ(プロイセン)とオーストリアで起こった自由主義の実現を目指す革命運動。
②〇 : アテネで成年男性市民による民会が開催された。民会とは国政の最高決定機関であり、民会に成年男子市民全員が参加する直接民主政が行われる。
③× : 模範議会が開催されたのはフランスではなくイギリスである。模範議会は,1295年にエドワード1世が招集した身分制議会である。フランスの議会といえば、三部会とよばれる中世末から絶対王権確立期までの身分制議会が有名。
④× : ドゥーマとは第一次ロシア革命(1905)でニコライ二世が十月宣言で開設を約束し,翌年に開催された国会である。
12第2問
問3改
「王政廃止、共和制樹立」に関連して、世界史上の共和政や共和国について述べた次の文 a と b の正誤の組合せとして正しいものを選べ。 a ルイ=フィリップの亡命により、フランスで共和政が復活した。 b 列強がアフリカの植民地化を進めるなか、リベリア共和国は独立を維持した。
①a ― 正   b ― 正
②a ― 正   b ― 誤
③a ― 誤   b ― 正
④a ― 誤   b ― 誤

①〇 :  ②× :  ③× :  ④× :  
a 正 フランスで七月革命(1830)が起こり自由主義的なルイ=フィリップが国王に迎えられ「市民王」と称したが、労働者の不満が高まり二月革命(1848)が起こった。ルイ=フィリップは亡命し、共和政の臨時政府(第二共和政)が起きた。 b 正 リベリア共和国はアメリカ合衆国で解放された黒人奴隷によって建国され、1847年に独立し、現在のアフリカの中ではエチオピアに次いで古い国である。
13第2問
問4改
「古代ローマ」の政治体制について述べた文として最も適当なものを選べ。
①王政期には、エトルリア人の王が存在した。
②共和政期には、平民(プレブス)が、要職を独占した。
③コンスタンティヌス帝の下で、帝政が始まった。
④ユスティニアヌス帝の死後、帝国が東西に分裂した。

①〇 : ローマはラテン人により建国されましたが、一時期にエトルリア人の王に支配されていた時代もある。紀元前509年、古代ローマでエトルリア人の王が追放され共和政が始まった。
②× : ローマは、王政を倒した後に、コンスル(執政官、統領ともいう)を中心とする貴族共和政に移行しながら支配領域を拡大していったが、その過程で力をつけてきた平民(プレブス)が次第に貴族(パトリキ)に対する平等な権利を要求して身分闘争を展開し、市民による共和政国家としての性格を強めていった。
③× : ローマ帝政が始まったのは、前27年に元老院からアウグストゥスの称号を与えられたオクタウィアヌスである。
④× : ローマ帝国が東西に分裂したのは395年テオドシウス帝のときである。ユスティニアヌス帝はその後の6世紀に大帝となりローマ法大全を編纂させた。
14第2問
問5改
中世ヨーロッパにおいて東方貿易に従事し、香辛料の取引で栄えた都市の名と、その位置を示す次の地図中の a または b との組合せとして正しいものを選べ。
①ヴェネツィア - a
②ヴェネツィア - b
③アムステルダム - a
④アムステルダム - b

①× :  ②〇 :  ③× :  ④× :  
a アムステルダムであるが東方貿易とは関係がないので誤り。 b 東方貿易(レヴァント貿易)とは、北イタリア商業都市の承認によるビザンツやイスラーム商人との遠隔地交易であり、bのヴェネツィア(水の都を称される)が正しい。
15第2問
問6改
古代ローマ史家の一人でロシア出身のミハイル=ロストフツェフ(下図参照)の故国で生じた革命について述べた次の文として誤っているものを選べ。
①「土地に関する布告」が採択された。
②キール軍港での水兵反乱が、革命のきっかけとなった。
③レーニンが、「四月テーゼ」を発表した。
④ケレンスキーが、臨時政府の首相となった。

①× : 土地に関する布告は1917年ロシア革命(十月革命)中にレーニン率いるソビエト政権が発表した布告。地主の土地は没収され、農民に分配された。
②〇 : キール軍港での水兵反乱は、1918年ドイツで起こった水兵の反乱である。
③× : 四月テーゼとは、1917年にレーニンが「当面する革命におけるプロレタリアートの任務」と題して演説し,4月20日 (旧暦7日) 『プラウダ』紙に発表した革命戦術。
④× : ケレンスキーはロシアの二月革命後に臨時政府の首相となる。
16第2問
問7改
メキシコ革命について述べた次の文章中の空欄【ア】 と【イ】 に入れる語の組合せとして正しいものを選べ。 メキシコでは、独裁体制を敷いていた【ア】 大統領の打倒を目指す武装蜂起が、全国規模の革命に発展した。【イ】 ら農民指導者に率いられた農民運動も革命に加わるなかで、民主的憲法が制定された。
①ア ― ディアス  イ ― サパタ
②ア ― ディアス  イ ― ペロン
③ア ― フランコ  イ ― サパタ
④ア ― フランコ  イ ― ペロン

①〇 :  ②× :  ③× :  ④× :  
ア ディアスが正しい。 イ サパタが正しい。 メキシコのディアス大統領は独裁者で特権階級のみ優遇したため、ディアスを打倒しようと農民指導者のサパタやビリャが立ち上がりメキシコ革命が勃発。ディアスは失脚した。 フランコはスペインの軍人で1947年には終身統領の地位につき、いわゆるフランコ体制といわれる独裁を続け、反共産主義を掲げて民主主義を否定、国民の自由な言論を抑圧し続けた。 ペロンはアルゼンチンで第二次世界大戦後に独裁政治を行った大統領。
17第2問
問8改
「中国政府が統一した後の中国政治」について述べた文として正しいものを選べ。
①アメリカ合衆国・ソ連・中国の3国首脳によって、カイロ会談が行われた。
②注兆銘を首班とする親日政権(対日協力政権)が建てられた。
③重慶で、中華ソヴィエト共和国臨時政府が成立した。
④中国国民党が、八 ・一宣言を出した。

①× : カイロ会談は,アメリカ合衆国・中華民国・イギリスの3国首脳によって開催された。ソ連は含まれていない。アジアでの戦略方針および対日処理方針を主要な議題とした。
②〇 :  ③× : 重慶ではなく瑞金が正解。毛沢東は1931年の満州事変の勃発後に瑞金を首都とする中華ソヴィエト共和国の建国を宣言した。
④× : 八 ・一宣言を出したのは中国国民党ではなく中国共産党。
18第2問
問9改
民主化政策や民主化運動について述べた文として正しいものを選べ。
①ポーランドでは、チャウシェスクの独裁体制が崩壊した。
②韓国では、朴正熙によって民主化が推進された。
③中国では、九・三〇事件によって民主化運動が抑圧された。
④台湾では、李登輝によって民主化が推進された。

①× : チャウシェスクはルーマニアの大統領である。なお、ポーランドでは第一次世界大戦後にピウスツキが独裁体制を行っていた。
②× : 韓国では朴正熙によって民主化が抑制された。推進ではない。
③× : 九・三〇事件によって民主化運動が抑圧されたのはインドネシアである。中国ではない。
④〇 : 李登輝は台湾(中華民国)の民主化、近代化を推進した国民党の政治家である。
19第3問
問1改
「土地の管理や租税徴収」について述べた文として最も適当なものを選べ。
①コロナートゥス(コロナトゥス)は、共和政ローマで広まった。
②イクター制は、ブワイフ朝で初めて実施された。
③均田制は、元で創始された。
④ティマール制は、セルジューク朝で施工された。

①× : コロナートゥスが広まったのは、共和制ローマではなくローマ帝国時代。土地を借りて、地代を納める者をコロヌス(小作人)とよび、コロヌスの労働力により経営されたのがコロナートゥス。同様な言葉として、奴隷の労働力により経営されたのをラティフンディアとよぶ。
②〇 : イクター制とは、地方官に与えられる給与制度の一種で、徴税権を地方官に委任するという形式のもの。
③× : 均田制は、南北朝時代の北魏から唐代まで行われた土地制度。国家が国民に対して土地を給付し、そこから得られる収穫の一部を国家に納め、一定期間が過ぎれば土地を返却するという制度。
④× : ティマール制を施行したのはオスマン帝国である。騎士(シパーヒー)に対し、徴税権を与え、その代わりに軍事奉仕を義務付けた制度。
20第3問
問2改
「思想統制」に関連して、思想・言論・宗教に対する 国家の介入について述べた文として正しいものを選べ。
①朱全忠は、文字の獄で、反清思想を弾圧した。
②曹操は、焚書・坑儒を行い、儒者を弾圧した。
③日本では、治安維持法により、言論や社会運動の抑制が図られた。
④スペインでは、カトリック教徒解放法により、カトリック教徒の公職への就任が可能となった。

①× : 文字の獄が康熙帝・雍正帝・乾隆帝の三皇帝が反清的な言論に対してなされた過酷な弾圧という点は正しいが、朱全忠は清ではなく唐の時代である。
②× : 焚書・坑儒を行ったのは秦の始皇帝。曹操は後漢末期の武将。
③〇 : 日本は1925年に治安維持法を制定。反政府・反国策的な思想や言論の自由の抑圧の手段として利用された
④× : カトリック教徒解放法はスペインではなくイギリスの法律である。1829年成立し、カトリック教徒が公職に就くことを認めた自由主義的改革のひとつ。
21第3問
問3改
「未知なる世界」への探検について述べた次の文章中の空欄【ア】と【イ】 に入れる語の組合せとして正しいものを選べ。 【ア】は、 1870年代に、アフリカ大陸の内陸部を探検し、横断に成功した。20世紀に入ると、国の威信をかけた極地探検が本格化し、イギリスのスコットに先駆けて1911年にノルウェーのアムンゼンが【イ】点に到達した。
①ア タスマン イ 北極
②ア タスマン イ 南極
③ア スタンリー イ 北極
④ア スタンリー イ 南極

①× :  ②× :  ③× :  ④〇 :  
ア アフリカ大陸の横断に成功したのはスタンリーである。タスマンは1642年オーストラリアに最初に到達した。 イ アムゼンが達成したのは南極点の到達である。ちなみに、北極点の到達は1909年のアメリカのピアリ。
22第3問
問4改
文章中の空欄【ア】に入れる語と、その位置を示す次の地図中の a または b との組合せとして正しいものを選べ。 世界史上には、気候条件や生態環境などによって生業・文化を異にする複数の勢力が、南北に対峙(たいじ) 交流したり対立したりする事例がしばしば見られる。中国では、乾燥した北部と湿潤な南部の隔たりが大きかったが、隋唐期を境に両者の統合が強められていく。その基盤となったのが、隋の進めた【ア】に他ならない。
①黄河の治水 ― a
②黄河の治水 ― b
③大運河の建設 ― a
④大運河の建設 ― b

①× :  ②× :  ③× :  ④〇 :  
隋が進めたのは黄河と長江をむすぶbの大運河である。aは黄河を示している。 黄河の治水は北部南部の統合を目的としていない。黄河の治水を成功させたのは禹であり、この作業のために徴発された農民によって紅巾の乱(1351)が勃発した。
23第3問
問5改
諸国家や諸勢力の間で起こった出来事について述べた文として正しいものを選べ。
①契丹(キタイ)は、燕雲十六州の領有をめぐって、秦と争った。
②ネーデルラントの北部が、ユトレヒト同盟を結成して、フランスからの独立を宣言した。
③アメリカ合衆国は、ラテンアメリカ諸国とともに、米州機構(OAS)を結成した。
④エフタルの侵入により、ムガル帝国が衰えた。

①× : 燕雲十六州は五代の後晋が契丹に譲った華北の一部であり、北方民族の華北支配の第一歩となった。秦と争ってはいない。契丹はモンゴル高原東部で活動した遊牧狩猟民族のことである。清と争った同様な種族は匈奴(キョウド)である。
②× : ユトレヒト同盟とは1579年の対スペイン軍事同盟でありオランダ建国の元となった。
③〇 : 米州機構は、1948年に調印されたボゴタ憲章(米州機構憲章)に基づいて、1951年に発足。
④× : エフタルの侵攻で衰えていったのはムガル帝国ではなくグプタ朝である。ムガル帝国は、18世紀中頃にイギリス東インド会社のインド植民地化が進んだことでムガル帝国の領域は縮小。インド大反乱(1858)が鎮圧された際に滅亡した。
24第3問
問6改
唐代中後期の時期に起こった出来事について述べた文として正しいものを選べ。
①五胡と総称される諸民族が、華北で勢力を広げた。
②傭兵を用いる募兵制が導入された。
③康熙帝が、ジュンガルと戦った。
④ロシアが、沿海州を獲得した。

①× : 五胡が華北で勢力を広げたのは唐(7-8世紀)より前の時代(4-5世紀)である。
②〇 : 唐の時代に府兵制(武器を持たせて兵士とする)が崩壊し募兵制(兵士となる代わりに給与を払う)となった。
③× : 康熙帝がジュンガルと戦ったのは唐ではなく清の時代である。
④× : 沿海州はアロー戦争後の1860年に清とロシア間の北京条約によってロシア領とされた。
25第3問
問7改
貨幣経済の浸透に関連して、世界史上の貨幣や貨幣制度について述べた文として正しいものを選べ。
①東周では、五鉄銭が発行された。
②北魏では、交紗と呼ばれる紙幣が発行された。
③ストルイピン内閣は、レンテンマルクを発行した。
④マクドナルドの挙国一致内閣は、金本位制を停止した。

①× : 五銖銭を発行したのは周ではなく漢である。なお、紀元前771年の洛陽遷都を境に、それ以前を西周、以後を東周として2つの時期に区分している。
②× : 交鈔とは金王朝と元王朝の時代に発行された紙幣。最古の紙幣は1023年から北宋の政府紙幣として流通した交子とされている。
③× : レンテンマルクの発行は、インフレ解消を目的としてドイツのシュトレーゼマンが行った。
④〇 : イギリスのマクドナルドが金本位制を停止して管理通貨制度へ移行した。
26第3問
問8改
世界史上の傭兵や兵士について述べた文として最も適当なものを選べ。
①スパルタの重装歩兵軍は、マラトンの戦いで勝利した。
②傭兵隊長オドアケルは、フランク国王を退位させた。
③傭兵隊長ヴァレンシュタインは、スウェーデン軍を指揮した。
④イギリス支配への不満から、インド人傭兵(シパーヒー)の反乱が発生した。

①× : マラトンの戦いでペルシア軍に勝利したのはスパルタではなくアテネの重装歩兵軍。
②× : オドアケルはフランク国王ではなく西ローマ皇帝を退位させ帝国を滅ぼした。
③× : ヴァレンシュタインは三十年戦争で神聖ローマ帝国を指揮。アドルフが率いるスウェーデンと戦った。
④〇 : シバーヒーの乱は、セポイの乱とも呼ばれ、1857年から1859年の間にインドで起きたイギリスの植民地支配に対する民族的抵抗運動であるインド大反乱を示す。
27第3問
問9改
国家の統治制度や軍事制度について述べた次の文 a と b の正誤の組合せとして正しいものを選べ。 a モスクワ大公国では、プロノイア制が用いられた。 b 漢の高祖は、郡国制を採用した。
①a ― 正   b ― 正
②a ― 正   b ― 誤
③a ― 誤   b ― 正
④a ― 誤   b ― 誤

①× :  ②× :  ③〇 :  ④× :  
a プロノイア制とはビザンツ帝国の土地制度である。 b 郡国制を採用したのは漢の高祖であり正しい。 封建制:間接統治的なものであり、君主が地方の統治を諸侯にませて直接は介入しないこと。 郡県制:地方を郡と県に分けて、それぞれに君主が官僚などを派遣して介入すること。郡国制:郡県制と封建制をミックスしたもので、中央集権と地方分権を合わせたもの。
28第4問
問1改
インカ帝国の位置を示す次の地図中の a または b と、その征服者の名との組合せとして正しいものを選べ。
①a ― コルテス
②a ― ピサロ
③b ― コルテス
④b ― ピサロ

①× :  ②× :  ③× :  ④〇 :  
a アステカ王国である。1521年にコルテスによって征服された。 b インカ帝国である。1533年にピサロによって征服された。
29第4問
問2改
「アメリカ大陸の大量の銀はアジア貿易で使用された」に関連して、アメリカ大陸の銀とその流通について述べた次の文中の空欄【ア】と【イ】に入れる語の組合せとして正しいものを選べ。 ボリビアの【ア】などの銀鉱山で採掘されたアメリカ大陸の銀は、メキシコのアカプルコから太平洋を渡って、スペインの拠点である【イ】に至る航路によって、アジアにもたらされた。
①ア―クスコ、イ―フエ
②ア―クスコ、イ―マニラ
③ア―ポトシ、イ―フエ
④ア―ポトシ、イ―マニラ

①× :  ②× :  ③× :  ④〇 :  
アはポトシ、イはマニラが入る。 1533年にピサロがインカ帝国の首都クスコに入った。クスコは後にインカ帝国の傀儡皇帝であったマンコ=インカが反乱を起こし破壊された。
30第4問
問3改
世界史上の海戦について述べた文として正しいものを一つ選べ。
①アクティウムの海戦で、アントニウスが勝利した。
②トラファルガの海戦で、イギリス艦隊が敗北した。
③プレヴェザの海戦で、オスマン帝国が勝利した。
④ミッドウェ海戦で、アメリカ艦隊が敗北した。

①× : アクティウムの海戦(紀元前31年)は、オクタビアヌスが、アントニウスとエジプト女王クレオパトラの連合軍を破った海戦である。
②× : トラファルガの海戦(1805)ではイギリス艦隊が勝利している。イギリスはこの勝利によってナポレオン1世の英本土上陸の野望を粉砕した。
③〇 : プレヴェザの海戦(1538)で、オスマン帝国が勝利した。
④× : ミッドウェーの海戦(1942)で敗北したのは日本軍である。
31第4問
問4改
自然哲学や薬学について述べた次の文 a と b の正誤の組合せとして正しいものを選べ。 a タレスは万物の根源を水だと考えた。 b 宋応星が、『本草綱目』を著した。
①a ― 正   b ― 正
②a ― 正   b ― 誤
③a ― 誤   b ― 正
④a ― 誤   b ― 誤

①× :  ②〇 :  ③× :  ④× :  
a 万物の根源を水だと考えたのはタレースである。 b 本草綱目を記したのは李時珍である。宋応星が天工開物を記した。
32第4問
問5改
港市国家に関連して、2世紀に成立し、インド文化の影響を受けた国家の名と、その位置を示す次の地図中の a または b との組合せとして正しいものを選べ。
①チャンパー ― a
②チャンパー ― b
③マタラム王国 ― a
④マタラム王国 ― b

①〇 :  ②× :  ③× :  ④× :  
インド文化の影響を受けたのはaのチャンパー。 bはジャワ島マタラム王国だがイスラム教国家である。
33第4問
問6改
蒸気船に関連して、世界史上の船に関する出来事について述べた文として最も適当なものを選べ。
①イギリスが、無制限潜水艦作戦を実行した。
②アテネが、三段櫂船を用いて戦った。
③ハーグリーヴズは、蒸気船を実用化した。
④琉球は、亀甲船を用いて交易した。

①× : 無制限潜水艦作戦を実行したのはドイツである。
②〇 : 段櫂船(さんだんかいせん)は、紀元前5世紀頃から地中海で使用された軍船のこと。
③× : ハーグリーブスはジョニー紡績機を作ったことで有名。蒸気船を実用化したのはアメリカのフルトンである。
④× : 亀甲船とは、朝鮮時代の李舜臣が考案した朝鮮水軍の軍艦。豊臣秀吉の朝鮮侵略(1592年~)と戦った。
34第4問
問7改
「河川や水路が整備・開発」について述べた次の文 a ~ c が、年代の古いものから順に正しく配列されているものを選べ。 a スエズ運河が開通した。 b アメリカ合衆国で、テネシー川流域開発公社(TVA)が設立された。 c ナセル大統領の下で、アスワン=ハイダムの建設が目指された。
①a → b → c
②a → c → b
③b → a → c
④b → c → a
⑤c → a → b
⑥c → b → a

①〇 :  ②× :  ③× :  ④× :  ⑤× :  ⑥〇 :  
a スエズ運河はイギリスの支援により1869年に開通した。 b テネシー川流域開発公社の設立は、1933年にアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトが世界恐慌の対策として実施したニューディール政策の一環としてつくられた。 c アスワン=ハイダムの建設は1954年に開始された。
35第4問
問8改
木材や鉄に関わる歴史について述べた文として波線部の正しいものを選べ。
①インド=ヨーロッパ語系のアッカド人は、鉄製武器を初めて本格的に用いた。
②メロエ を都としたクシュ王国は、製鉄で繁栄した。
③ハンザ同盟都市フィレンツェが、木材の取引で繁栄した。
④ジョン = ケイ が、コークスを用いた製鉄法(コ ークス製鉄法)を発明した。

①× : 鉄製武器を初めて用いたのはヒッタイト人である。ヒッタイト人は高度な製鉄技術によりメソポタミアを征服し最初の鉄器文化を気付いたとされる。アッカド人はメソポタミア全域を最初に統一し領域国家を建設した。
②× :  ③〇 : フィレンツェはハンザ同盟都市ではない。ハンザ同盟都市で有名なものはドイツのリューベックがある。
④× : コ ークス製鉄法を発明したのはイギリスのダービーである。ジョン = ケイは飛び杼(とびひ)とよばれる織機の装置を発明した。
36第4問
問9改
「植物学などの自然科学」について述べた次の文章中の空欄【ア】と【イ】に入れる語の組合せとして正しいものを選べ。 スウェーデン人の【ア】は18世紀に植物分類学を確立した。19世紀前半に『ファウスト』を著した作家【イ】もまた、植物学や鉱物学の研究に携わっていた。
①ア‐リンネ、 イ‐ゲーテ
②ア‐リンネ、 イ‐シラー
③ア‐メンデル、 イ‐ゲーテ
④ア‐メンデル、 イ‐シラー

①〇 :  ②× :  ③× :  ④× :  
植物分類学を確立したのはリンネである。 ファウストを著した作家はゲーテである。 メンデルは遺伝に関する功績を残している。

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