2018年世界史Bの個別情報

センター試験の世界史B(2018年)について1問ごとに問題文と解説の確認ができます。問題番号に「改」が含まれる問題はオリジナルからスマホ学習用に編集されています。

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問題文 / 解説
1第1問
問1改
支配の仕組みについて述べた文として正しいものを選べ。
①ピザンツ帝国で、領邦教会制が成立した。
②金で、猛安・謀克という制度が用いられた。
③ティムール朝で、マンサブダール制が整えられた。
④高麗で、骨品制がとられた。

①× : 領邦教会制とは、宗教改革の結果ドイツの領邦国家に生まれた教会制度であり、ビザンツ帝国ではない。
②〇 : 猛安・謀克とは、中国東北部(満州)で狩猟生活を送っていた女真が建国した金の軍事・行政組織。
③× : マンサブダール制とは、ティムール朝ではなくムガル帝国期のインドで行われた軍人官僚制。
④× : 骨品制とは、新羅の身分制度。出身氏族によって身分を五段階に分け、位階・官職・婚姻・衣服・住居に至るまでを規制した。
2第1問
問2
下線部②の時期に起こった出来事について述べた文として誤っているものを選べ。 共和政末期、古代ローマは未曽有の内戦を経験した。その後に成立した新体制の下で、その①支配の正統性を主張するために重視されたのが「平和」であった。首都ローマでは、戦争の終結時に閉じられるとされたヤヌス神殿の扉が数百年ぶりに閉じられたほか、さらに「平和の祭壇(アラ=パキス)が建設され(下図参照)、視覚的にも「平和の到来」がアピールされたのである。帝政の開始以来およそ200年におよぶ繁栄の時代は②「ローマの平和」と呼ばれ、③ローマ帝国の安定した支配の下、帝国各地で数多くの都市が栄えた。しかし、3世紀になると、ササン朝ペルシアやゲルマン人の侵入が度重なり、「平和」は再び失われていくことになる。
①ペテロやパウロによって、キリスト教が広められた。
②『ローマ法大全』が編纂された。
③ローマ帝国とインド帝国の間で、モンスーン(季節風)を利用した交易が行われた。
④トラヤヌス帝の下で、ローマ帝国の版図が最大となった。

①× : ペテロやパウロによってキリスト教が広められたのは紀元1世紀である。
②〇 : 「ローマ法大全」はピザンツ帝国のユスティニアヌス帝が6世紀に編纂した。
③× : 1世紀ごろからローマ帝国とインド間でモンスーンを利用して盛んに海上交易が行われたとされている。
④× : ローマ帝国の版図が最大となったのは1世紀~2世紀のトラヤヌス帝の時代とされる。

「ローマの平和」とはローマ帝国最盛期の紀元前1世紀~紀元2世紀までを指す。
3第1問
問3改
ローマ帝国の支配下にあった諸都市のその後の歴史について述べた文として正しいものを選べ。
①フィレンツェは、錦織物工業で栄え、ルネサンスの中心となった。
②アドリアノーブルは、ガズナ朝によって征服された。
③リスボンは、インド航海の開拓により、香辛料貿易で繁栄した。
④イェルサレムは、第四回十字軍によって占領された。

①× : フィレンツェで栄えたのは錦織物ではなく手織物工業である。
②× : アドリアノーブルは、ガズナ朝ではなくオスマン帝国によって征服された。
③〇 : ポルトガルのリスボンは、世界の香辛料貿易の中心地として栄えた。
④× : イェルサレムは、4回目ではなく第1回十字軍によって占領された。
4第1問
問4改
「ブリントン人の英雄伝説を起源とする『アーサー王物語』」に関連して、英雄伝説や叙事詩について述べた文として正しいものを選べ。
①『ラーマーヤナ』は、ペルシアで成立した。
②『イリアス』(『イーリアス』)は、アラブ文学の作品である。
③『ローランの歌』は、カール大帝の時代を題材としている。
④『ギルガメシュ叙事詩』(『ギルガメシュ物語』)は、古代エジプトで成立した。

①× : 『ラーマーヤナ』はペルシアではなくインドで成立した。古代インドの大叙事詩である。
②× : 『イリアス』はアラブ文学ではなくギリシア文学。最古期の古代ギリシア詩作品である。
③〇 : 『ローランの歌』はカール大帝とイスラーム教徒との間に起こった大合戦のことを語っている。
④× : 『ギルガメシュ叙事詩』は古代エジプトではなく古代メソポタミアで成立した。古代メソポタミアの伝説的な王ギルガメシュを巡る物語。
5第1問
問5
下線部⑤の人物について述べた文として正しいものを選べ。 ブリトン人の英雄伝説を起源とする『アーサー物語』は、12世紀前半に成文化されると、ヨーロッパ中に広まった。これを政治的に利用したのが、⑤イングランド王ヘンリ2世である。彼の治世には、ラテン語からの翻訳をはじめとするアーサー王関連作品が書かれた。それらの中に描かれた、ブリテン島のみならず北欧やガリアまでを支配したアーサー王の姿は、相続や婚姻を通じて⑥広大な領土を治めることになったヘンリ2世にとって、王権の権威付けのために望ましいものであった。さらに聖杯伝説や宮廷風恋愛などの要素も加えられた『アーサー王物語』は、其の後、広く愛好されることになる。
①アングロ=サクソン七王国を統一した。
②ブランタジネット朝を開いた。
③大憲章(マグナ=カルタ)を認めた。
④シモン=ド=モンフォールによる反乱を招いた。

①× : 829年のウェセックス王エグバートによって七王国が統一された。
②〇 : ヘンリ二世がプランタジネット朝を建てた。
③× : 大憲章(マグナ=カルタ)は、1215年にイングランド王ジョンが封建貴族たちに強制されて承認、調印した文書。
④× : シモン=ド=モンフォールの反乱は、 ヘンリ3世がマグナ=カルタの規定を無視して諸侯に重税を課したことを契機として発生した。
6第1問
問6
下線部⑥に関連して、帝国について述べた文として正しいものを選べ。 ブリトン人の英雄伝説を起源とする『アーサー物語』は、12世紀前半に成文化されると、ヨーロッパ中に広まった。これを政治的に利用したのが、⑤イングランド王ヘンリ2世である。彼の治世には、ラテン語からの翻訳をはじめとするアーサー王関連作品が書かれた。それらの中に描かれた、ブリテン島のみならず北欧やガリアまでを支配したアーサー王の姿は、相続や婚姻を通じて⑥広大な領土を治めることになったヘンリ2世にとって、王権の権威付けのために望ましいものであった。さらに聖杯伝説や宮廷風恋愛などの要素も加えられた『アーサー王物語』は、其の後、広く愛好されることになる。
①インカ帝国で、記録・伝達手段として、キープ(結縄)が用いられた。
②清で、満州人(満洲人)からなる緑営が編制された。
③オスマン帝国で、アブデュル=ハミト2世が、ギュルハネ勅令を出した。
④ロシア帝国で、アレクサンドル1世が、十月宣言(十月勅書)を出した。

①〇 : 13世紀から16世紀にかけて南アメリカに存在したインカ帝国は、文字を持たない文明だったが、結び目を使って出来事などを記録するキープと呼ばれるひもを用いた。
②× : 緑営は清の軍事組織の1つで、漢人によって編成された部隊。
③× : オスマン帝国でギュルハネ勅令を出したのはアブデュル=メジト1世である。
④× : 十月宣言を出したのはニコライ2世である。
7第1問
問7改
アジアにおける王朝や民族の興亡について述べた文として正しいものを選べ。
①ホスロー1世が、大月氏を滅ぼした。
②冒頓単于の下、柔然が全盛期を迎えた。
③ヴァルダナ朝が、南インドを統一した。
④ヒヴァ=ハン国が、ロシアの保護国となった。

①× : ホスロー1世が滅ぼしたのはエフタルである。
②× : 冒頓単于(ぼくとつぜんう)は匈奴(きょうど)の最高権力者の称号である。柔然ではない。
③× : ヴァルダナ朝が統一したのは南インドではなく北インドである。
④〇 : ロシアからの進出によりヒヴァ=ハン国のムハンマド=ラヒム2世が降伏し、ヒヴァ=ハン国はロシアの保護国となった。事実上の保護国となった。
8第1問
問8改
「中国の歴史」について述べた文として正しいものを選べ。
①宋と大モンゴル国(モンゴル帝国)との間で、澶淵の盟が結ばれた。
②唐代の両税法で、土地を支給された成人男性に税が課された。
③春秋時代の有力諸侯は、覇者と呼ばれた。
④長江下流域が、明代に「湖広熱すれば天下足る」と称された。

①× : 澶淵の盟(せんえんのめい)は、1004年に北宋と遼の間にて結ばれた盟約。宋は遼に歳幣を贈り、国境は現状を維持することなどを約した。
②× : 唐では均田制に基づき土地を支給された成人男性に租庸調制によって税が課された。
③〇 : 覇者とは、中国(春秋時代)の周王朝下の諸侯(君主)に与えられる名誉「覇」を得た者の尊称。
④× : 「湖広熱すれば天下足る」は宋代では長江下流域が称されたが、明代では長江中流域を指している。
9第1問
問9改
「歴史書」について述べた次の文aとbの正誤の組み合わせとして正しいものを選べ。 a 班固が、編年体で、『漢書』を著した。 b ラシード=アッディーン(ラシード=ウッディーン)が、イル=ハン国で、『集史』を著した。
①a - 正、 b - 正
②a - 正、 b - 誤
③a - 誤、 b - 正
④a - 誤、 b - 誤

①× :  ②× :  ③〇 :  ④× :  
a 誤:班固が著した『漢書』は編年体ではなく紀伝体である。 b 正:『集史』はペルシア語で書かれたモンゴル帝国の歴史に関する第1級の史料となっている。
10第2問
問1
下線部①について述べた文として正しいものを選べ。 A ①シク教は、西北インドの農村地域を中心に広がった。その教団はムガル帝国との対立を通して武装化し、18世紀には、ミスルと呼ばれる複数の共同体が形成された。19世紀初頭に、ランジート=シングがそれらのミスルを統合して、ラホールを②首都とするシク王国を築いた。彼は、シク教徒だけではなくムスリムやヒンドゥー教徒を重用し、さらにヨーロッパ人③将校を雇い入れて近代的な軍隊を整備して、周辺地域を次々と征服した。シク王国は、シク教徒の組織に支えられながら、多様な人々を取り込み、一大政治勢力となったのである。
①ナーナクによって創始された。
②シヴァ神と主神とする。
③ヒジュラ(聖遷)の年を紀元とする暦を用いる。
④中国で景教と呼ばれた。

①〇 : シク教は、インドの宗教で、 15世紀成立。イスラムとヒンドゥー教とを融合したもので開祖はナーナク。
②× : シヴァ新を主神とするのはシク教ではなくヒンドゥー教である。
③× : ヒジュラ(聖遷)の年を紀元とする暦を用いたのは、シク教ではなくイスラム教である。
④× : 景教とは、5世紀ごろにコンスタンチノープルの司教ネストリウスによって唱えられたキリスト教の一派 (ネストリウス派) の中国名。シク教とはことなる。
11第2問
問2
下線部②に関連して、インド最初の統一王朝であるマウリヤ朝の都の名と、その位置を示す次の地図中のaまたはbとの組合せとして正しいものを選べ。 A ①シク教は、西北インドの農村地域を中心に広がった。その教団はムガル帝国との対立を通して武装化し、18世紀には、ミスルと呼ばれる複数の共同体が形成された。19世紀初頭に、ランジート=シングがそれらのミスルを統合して、ラホールを②首都とするシク王国を築いた。彼は、シク教徒だけではなくムスリムやヒンドゥー教徒を重用し、さらにヨーロッパ人③将校を雇い入れて近代的な軍隊を整備して、周辺地域を次々と征服した。シク王国は、シク教徒の組織に支えられながら、多様な人々を取り込み、一大政治勢力となったのである。
①ハラッパー -a
②ハラッパ― -b
③パータリプトラー -a
④パータリプトラー -b

①× :  ②× :  ③× :  ④〇 :  
a インダス文明の代表的な遺跡であるハラッパ―である。 b パータリプトラは、インドを始めて統一した王朝であるマウリヤ朝の都市である。
12第2問
問3
下線部③に関連して、軍の指揮官について述べた文として正しいものを選べ。 A ①シク教は、西北インドの農村地域を中心に広がった。その教団はムガル帝国との対立を通して武装化し、18世紀には、ミスルと呼ばれる複数の共同体が形成された。19世紀初頭に、ランジート=シングがそれらのミスルを統合して、ラホールを②首都とするシク王国を築いた。彼は、シク教徒だけではなくムスリムやヒンドゥー教徒を重用し、さらにヨーロッパ人③将校を雇い入れて近代的な軍隊を整備して、周辺地域を次々と征服した。シク王国は、シク教徒の組織に支えられながら、多様な人々を取り込み、一大政治勢力となったのである。
①ハンニバルは、イッソスの戦いで敗れた。
②司馬炎は、蜀を建てた。
③ゴードンは、常勝軍を率いた。
④劉永福は、鉄騎隊を組織した。

①× : ハンニバルは、イッソスの戦いではなくザマの戦いで敗れた。
②× : 蜀を建てたのは司馬遷ではなく劉備である。。
③〇 : ゴードンは、太平天国の乱の時、民兵組織の常勝軍を率いて活躍した。
④× : 劉永福が組織したのは鉄騎隊ではなく黒旗軍である。鉄騎隊はクロムウェルが組織した。
13第2問
問4改
「ユダヤ教徒(ユダヤ人)」の歴史について述べた文として正しいものを選べ。
①バルフォア宣言は、ユダヤ人のシオニズムを批判した。
②モーセは、ユダヤ教の戒律主義(律法主義、形式主義)を批判した。
③ユダヤ教徒は、唯一の神アフラ=マズダを信仰している。
④ドレフュス事件は、ユダヤ系軍人に対する冤罪事件である。

①× : バルフォア宣言はシオニズムを批判ではなく支持している。1917年イギリスのバルフォアが、パレスチナにおけるユダヤ人の民族的故郷の建設を支持した宣言。
②× : モーセは戒律主義(律法主義、形式主義)を批判していない。
③× : ユダヤ教徒はアフラ=マズダではなくヤハウェを信仰している。アフラ=マズダを信仰しているのはゾロアスター教である。
④〇 : 1894年にフランスで起きた、当時フランス陸軍参謀本部勤務の大尉であったユダヤ人のアルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕された冤罪事件である。
14第2問
問5
下線部⑤について述べた文として誤っているものを選べ。 B 16世紀のヴェネツィアには多くの④ユダヤ教徒(ユダヤ人)が移り住み、彼らとキリスト教徒である一般市民との間に様々な問題が生じるようになった。そのため、1516年に、市内にユダヤ人居住区(ゲットー)が定められ、すべてのユダヤ人はそこに居住させられた。彼らは当局の厳しい監視の下に置かれたが、同時に安全を保証され、⑤商業や金融業などに従事した。ユダヤ人高利貸しシャイロックが登場する⑥ウィリアム=シェークスピア(1564~1616年)の『ヴェニスの商品』には、こうした当時の社会状況が反映されている。
①乾隆帝は、ヨーロッパ船の来航を泉州に限定した。
②イスラーム世界で、隊商宿(キャラヴァンサライ、キャラバンサライ)を整備された。
③シャンパーニュ地方は、中世に定期市で栄えた。
④琉球は、明との間で朝貢貿易を行った。

①〇 : 乾隆帝がヨーロッパ船の来航を限定したのは泉州ではなく広州である。
②× : 隊商宿は、隊商のための取り引きや宿泊施設を指す。
③× : フランスのパリ東部。北方の北海商業圏と南の地中海商業圏を結ぶ遠隔地貿易の商業ルートに位置し、カペー朝の時代の12~13世紀に「シャンパーニュの大市」といわれる定期市が開かれて繁栄した。
④× : 朝貢とは明に貢物を持っていくことで、その見返りとして、様々な物品を明から恩賜として賜るというもの。
15第2問
問6改
「ウィリアム=シェークスピア(1564~1616年)」が生きた時期に起こった出来事について述べた文として正しいものを選べ。
①ラダイト運動(機械うちこわし運動)が起こった。
②ステュアート朝が成立した。
③ウォルポールが首相になった。
④グラッドストンが、アイルランド自治法案を提出した。

①× : ラダイト運動は1810年代に発生。
②〇 : ステュアート朝の成立は1603年であり、シェークスピアの時期を重なる。
③× : ウォルポールが首相となったのは1721年である。
④× : グラッドストンがアイルランド自治法案を提出したのは1886年である。

シェークスピアの生存時期は1564年~1616年である。
16第2問
問7
文章中の空欄【ア】と【イ】に入る語句の組み合わせとして正しいものを選べ。 C アラビア半島では、18世紀に⑦イスラームの改革を唱える運動が起こった。神秘主義や聖者崇拝を墜落したものとみなして「預言者の教えに戻れ」と主張する【ア】派は、同半島の中央部に拠点を持つ【イ】家と同盟を結んで王国を建国した。イスラームの改革運動は他の地域にも広がり、19世紀になると、反植民地運動に組み込まれるケースも見られた。イギリスによって⑧占領されたエジプトやスーダンでもムスリムの抵抗運動が起こり、これらの地域での滞在経験を持つイギリス人作家W.S.プラントは、『英国エジプト占領秘史』などを著して、抵抗運動を起こしたムスリム諸集団に同情を寄せた。
①ア ‐ ワッハーブ、イ ‐ ハーシム
②ア ‐ ワッハーブ、イ ‐ サウード
③ア ‐十二イマーム、イ ‐ ハーシム
④ア ‐十二イマーム、イ ‐ サウード

①× :  ②〇 :  ③× :  ④× :  
a ワッハーブが正解。18世紀にアラビア半島内陸のナジュドに起こったイスラム教の改革運動である。宗派としてはスンナ派に属する。 b サウードが正解。
17第2問
問8
下線部⑦に関連して、宗教に関わる出来事について述べた文として正しいものを選べ。 C アラビア半島では、18世紀に⑦イスラームの改革を唱える運動が起こった。神秘主義や聖者崇拝を墜落したものとみなして「預言者の教えに戻れ」と主張する【ア】派は、同半島の中央部に拠点を持つ【イ】家と同盟を結んで王国を建国した。イスラームの改革運動は他の地域にも広がり、19世紀になると、反植民地運動に組み込まれるケースも見られた。イギリスによって⑧占領されたエジプトやスーダンでもムスリムの抵抗運動が起こり、これらの地域での滞在経験を持つイギリス人作家W.S.プラントは、『英国エジプト占領秘史』などを著して、抵抗運動を起こしたムスリム諸集団に同情を寄せた。
①エフェソス公会議で、ウィクリフが異端とされた。
②バングラデシュで、イスラーム同盟(サレカット=イスラーム)が、独立運動を展開した。
③隋で、白蓮教徒の乱が起こった。
④カージャール朝で、バーブ教徒が蜂起した。

①× : エフェソス公会議で異端とされたのはウィクリフではなく、ネストリウスである。
②× : イスラーム同盟が独立運動を展開したのは、バングラデシュではなく、インドネシアである。
③× : 白蓮教徒は南宋初期に結成されている。
④〇 : バーブ教徒はイランでサイイド=アリー=ムハンマドが1844年に始めたシーア派イスラムの分派。
18第2問
問9
下線部⑧について述べた文aとbの正誤の組合せとして正しいものを選べ。 C アラビア半島では、18世紀に⑦イスラームの改革を唱える運動が起こった。神秘主義や聖者崇拝を墜落したものとみなして「預言者の教えに戻れ」と主張する【ア】派は、同半島の中央部に拠点を持つ【イ】家と同盟を結んで王国を建国した。イスラームの改革運動は他の地域にも広がり、19世紀になると、反植民地運動に組み込まれるケースも見られた。イギリスによって⑧占領されたエジプトやスーダンでもムスリムの抵抗運動が起こり、これらの地域での滞在経験を持つイギリス人作家W.S.プラントは、『英国エジプト占領秘史』などを著して、抵抗運動を起こしたムスリム諸集団に同情を寄せた。 a フランスは、ドイツの賠償金支払い不履行を理由に、ルール占領を強行した。 b アメリカ合衆国は、北緯38度線を境として、朝鮮半島の北半部を占領下に置いた。
①a - 正、 b - 正
②a - 正、 b - 誤
③a - 誤、 b - 正
④a - 誤、 b - 誤

①× :  ②〇 :  ③× :  ④× :  
a 正。ルール占領とは、1923年に発生したフランスおよびベルギーが、ドイツのルール地方に進駐し占領した事件である。 b 誤。アメリカ合衆国は北緯38度線を境として、南半分を占領下に置いた。北半分はソ連が占領下においた。
19第3問
問1改
歴史的建造物について述べた文として正しいものを選べ。
①慶州の仏国寺は、新羅で創建された。
②ポタラ宮は、ジャイナ教の中心(大本山)である。
③クトゥブ=ミナール(クトゥブ=ミナレット)は、ウルグ=ベクによって建造された。
④ピサ大聖堂の斜塔で、パスカルによる物体落下の実験(重力実験)が行われた。

①〇 : 仏国寺はプルグクサとも呼ばれは、新羅全盛時代の最高傑作である。
②× : ポタラ宮は、ジャイナ教ではなくチベット仏教であり17世紀中ごろ第5代ダライ=ラマによって建設された。
③× : クトゥブ=ミナールは、ウルグ=ベクではなくアイバクによって建造された。クトゥブ=ミナールは、インド最古のイスラーム建築として重要であり、精密なアラビア語を意匠化した彫刻が見られる。
④× : パスカルではなくガリレイがピサ大聖堂の斜塔で物体落下の実験を行った。
20第3問
問2
ヨーロッパの河川について述べた次の文中の空欄【ア】と【イ】に入れる語の組合せとして正しいものを選べ。 【ア】の地には、12世紀から14世紀にかけてドイツ人による大規模な植民が行われた、その結果、【イ】などが創建された。
①ア - エルベ川以東、 イ - ブランデンブルク辺境伯領
②ア - エルベ川以東、 イ - キエフ公園
③ア - ライン川以西、 イ - ブランデンブルク辺境伯領
④ア - ライン川以西、 イ - キエフ公園

①〇 :  ②× :  ③× :  ④× :  
ア エルベ川以東。 イ ブランデンブルク辺境伯領。
21第3問
問3改
ヨーロッパの君主について述べた文として正しいものを選べ。
①フィリップ2世が、カペー朝を創始した。
②エリザベス1世が、審査法を制定した。
③クローヴィスは、ヴァンダル人を統一した。
④カルロス1世は、神聖ローマ皇帝に選出された。

①× : カペー朝(987~1328)とはフランスの王朝でり、初代ユーグ・カペーからシャルル4世まで15代続いた中世フランスの王朝家。
②× : エリザベス1世は、審査法ではなく統一法を制定した。審査法とは国教徒以外の者の公職就任を禁じたイギリスの法律。
③× : クローヴィスはヴァンダル人ではなくフランク人を統一した。
④〇 : カルロス1世は、16歳でスペイン王となった後に、1519年に祖父マクシミリアン1世の跡を継いで神聖ローマ帝国の皇帝(カール5世)にも即位します。
22第3問
問4改
東欧や北欧の歴史について述べた文として正しいものを選べ。
①ハンガリー王国は、チェック人によって建てられた。
②バルト三国は、カルマル同盟を結んだ。
③ポーランドは、ハノーヴァー朝断絶後に、選挙王制(選挙王政)をとった。
④デンマークは、プロイセンに、シュレスヴィヒを奪われた。

①× : ハンガリー王国を建てたのはチェック人ではなくマジャール人である。
②× : カルマン同盟を結んだのはバルド3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)ではなく、デンマーク王国、ノルウェー王国、スウェーデン王国である。
③× : ポーランドは、ハノーヴァー朝断絶後ではなくヤゲウォ朝断絶後に選挙王制をとった。
④〇 : プロイセンとは、ドイツ北東部、バルト海南岸の大部分を占める地方。1701年、プロイセン王国がブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世を王として成立。
23第3問
問5改
下線部⑤について述べた文として正しいものを選べ。 B ドレスデンは、17世紀から18世紀前半に④ポーランド王を兼ねたザクセン選帝侯フリードリヒ=アウグスト1世(強王)の下で、ザクセン選帝侯国の⑤首都として大きく発展した。この時期に、町の中心部にはツヴィンガー宮殿が建てられ、巨大な石のドームで知られる聖母教会の建設も始まった。しかしドレスデンは、⑥第二次世界大戦中に連合国の爆撃によって大きな被害を受けた。空爆時に崩壊した聖母教会は、戦争による破壊への警鐘として廃墟のまま保存されていたが、東西ドイツ統一後に全世界から寄付を募って再建され、現在は「平和のための学びの場」と位置付けられている(下図参照)。 聖母教会の祭壇。十字架は、ドイツ軍の空爆を受けたイギリスの年コヴェントリーから和解の象徴として贈られたもの。
①クテシフォンは、アケメネス朝の首都とされた。
②コルドバは、サーマーン朝の首都とされた。
③アステカ王国は、チノチティトランを首都とした。
④アッシリアは、テーベを首都とした。

①× : 226年にパルティアを倒して成立したササン朝ペルシアもクテシフォンを首都とした。アケメネス朝ではない。
②× : コルドバは、サーマーン朝ではなくウマイヤ朝の首都とされた。
③〇 : テノチティトランはナワトル語で「石のように硬いサボテン」を意味する。
④× : アッシリアは、テーベではなくニネヴェを首都とした。
24第3問
問6改
下線部⑥の時期の出来事ついて述べた文として正しいものを選べ。 B ドレスデンは、17世紀から18世紀前半に④ポーランド王を兼ねたザクセン選帝侯フリードリヒ=アウグスト1世(強王)の下で、ザクセン選帝侯国の⑤首都として大きく発展した。この時期に、町の中心部にはツヴィンガー宮殿が建てられ、巨大な石のドームで知られる聖母教会の建設も始まった。しかしドレスデンは、⑥第二次世界大戦中に連合国の爆撃によって大きな被害を受けた。空爆時に崩壊した聖母教会は、戦争による破壊への警鐘として廃墟のまま保存されていたが、東西ドイツ統一後に全世界から寄付を募って再建され、現在は「平和のための学びの場」と位置付けられている(下図参照)。 聖母教会の祭壇。十字架は、ドイツ軍の空爆を受けたイギリスの年コヴェントリーから和解の象徴として贈られたもの。
①フランスで、ブルムが、ヴィシー政権を率いた。
②アメリカ合衆国は、ソ連に、武器貸与法を適用した。
③ドイツ軍は、スターリングラードの戦いで勝利した。
④スペインで、バドリオ政権が無条件降伏した。

①× : ヴィシー政権を率いたのはブルムではなくフィリップ・ペタンである。
②〇 : 武器貸与法によってソ連や中国へも武器貸与を可能にし、アメリカは事実上これによって第二次世界大戦に参戦したと言える。
③× : ドイツ軍は、スターリングラードの戦いで勝利ではなく敗北した。
④× : スペインは第二次世界大戦に加わっていない。
25第3問
問7改
都市について述べた文として誤っているものを選べ。
①景徳鎮は、陶磁器の代表的な生産地であった。
②リューベックは、ロンバルディア同盟の盟主であった。
③モンバサは、アフリカ東岸の海港都市(港市)として繁栄した。
④ポンディシェリは、フランス東インド会社の拠点であった。

①× : 景徳鎮は、 中国、江西省北東部の都市。中国第一の陶磁器生産地として世界的に有名。
②〇 : ロンバルディア同盟は1167年12月1日に結成された北イタリア・ロンバルディア地方の都市による軍事・経済同盟であり、リューベックは含まれていない。
③× : モンバサは、7~8世紀ごろからムスリム商人の交易活動地域、いわゆるスワヒリ語圏の重要な海港都市であった
④× : フランス東インド会社は、1674年にインドのポンディシェリの土地を購入して要塞を築き、インドにおける中心拠点とした。
26第3問
問8改
宋代の新法について述べた文として正しいものを選べ。
①司馬光が推進した。
②地主や大商人の利益を抑えようとした。
③西遼に対する防備の強化を目指した。
④東林派と非東林派との党争を招いた。

①× : 司馬光は新法を推進ではなく反対した。新法を推進したのは王安石。
②〇 : 新法は、大地主や大商人の利益を抑えることを目的とした。
③× : 西遼ではなく遼である。
④× : 東林派と非東林派との党争は明代である。新法における党争は新法党と旧法党である。
27第3問
問9改
次のグラフは、1895年から1925年までの、中国とイギリス・日本・アメリカ合衆国の各国との間の年間貿易総額を示したものである。このグラフから読み取れる内容について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを選べ。 a 第一次世界大戦中に、アメリカ合衆国との間の年間貿易総額が、イギリスとの間の年間貿易総額を上回った。 b 五・四運動が発生した年の日本との貿易総額は、義和団事件が始まった年の日本との間の年間貿易総額の5倍以下にとどまっている。
①a - 正、 b - 正
②a - 正、 b - 誤
③a - 誤、 b - 正
④a - 誤、 b - 誤

①× :  ②〇 :  ③× :  ④× :  
a 正。第一次世界大戦は1914~1918年であり、この期間にアメリカのグラフやイギリスを抜いている。 b 誤。五・四運動は1919年、義和団事件は1900年であり、グラフでは5倍以上に大きくなっている。
28第4問
問1改
人の移動とその影響について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを選べ。 a アメリカ大陸に進出したスペイン人は、植民地にエンコミエンダ制を導入した。 b ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘(伝染病)は、アメリカ大陸の先住民人口が激減する一因となった。
①a - 正、 b - 正
②a - 正、 b - 誤
③a - 誤、 b - 正
④a - 誤、 b - 誤

①〇 :  ②× :  ③× :  ④× :  
a 正。エンコミエンダ制とは、16世紀から18世紀半ばにかけて、中南米のスペイン植民地で実施された封建的土地支配制度。 b 正。
29第4問
問2
下線部②について述べた文として正しいものを選べ。 15世紀以降のロシアでは、農奴制を逃れた人々が、①南方の辺境に移り住み、狩猟や漁業、牧畜などを生業とした。彼ら移住者が中心となって、自治的な戦士集団が形成されていく。この地へのロシア帝国の支配が強化されると、彼らは自分たちの自由を守るためにしばしば抵抗した。例えば、1773年、プガチョフがロシア皇帝を僭称し、②反乱を起こしている(下図参照)。反乱軍は圧政からの解放を期待したバシキール人やロシア人農民を味方に引き入れ、一時は大勢力になったものの、2年後、③エカチェリーナ2世により鎮圧された。
①ベトナムで、西山(タイソン)の乱が起こった。
②漢で、陳勝・呉広の乱が起こった。
③イギリスで、ジャックリーの乱が行った。
④インドで、ハイドゥ(カイドゥ)の乱が起こった。

①〇 : 西山の乱は、18世紀後半にベトナムで発生した。
②× : 陳勝・呉広の乱が起こったのは、漢ではなく秦である。
③× : ジャックリーの乱はイギリスではなくフランスで行った。
④× : ハイドゥの乱はインドではなくモンゴル帝国で起こった。
30第4問
問3
下線部③の事績について述べた文として正しいものを選べ。 15世紀以降のロシアでは、農奴制を逃れた人々が、①南方の辺境に移り住み、狩猟や漁業、牧畜などを生業とした。彼ら移住者が中心となって、自治的な戦士集団が形成されていく。この地へのロシア帝国の支配が強化されると、彼らは自分たちの自由を守るためにしばしば抵抗した。例えば、1773年、プガチョフがロシア皇帝を僭称し、②反乱を起こしている。反乱軍は圧政からの解放を期待したバシキール人やロシア人農民を味方に引き入れ、一時は大勢力になったものの、2年後、③エカチェリーナ2世により鎮圧された。
①リシュリューを宰相とした。
②十四か条の平和原則を主張した。
③クリミア半島を獲得した。
④インド皇帝に即位した。

①× : リシュリューを宰相としたのはルイ13世である。
②× : 十四か条の平和原則を主張したのは、アメリカのウィルソン大統領である。
③〇 : エカチェリーナ2世がクリミア半島を獲得した。
④× : エカチェリーナ2世はインド皇帝には即位していない。
31第4問
問4改
次の年表に示したa~dの時期のうち、大量の難民が発生したルワンダ内戦の時期として正しいものを選べ。 a 1951年 国連難民高等弁務官事務所の発足 b 1976年 国際人権規約の発効 c 2003年 リベリア内戦の停戦 d
①a
②b
③c
④d

①× :  ②× :  ③〇 :  ④× :  
ルワンダ内戦は1990~1994年であり、cが正しい。
32第4問
問5改
第一次世界大戦終結から第二次世界大戦開始までの時期に起こった出来事について述べた文として正しいものを選べ。
①ブレジネフが、ソ連共産党第一書記に就任した。
②イギリスで、フェビアン協会が結成された。
③モンゴル人民共和国が成立した。
④極東国際軍事裁判が開かれた。

①× : ブレジネフが、ソ連共産党第一書記に就任したのは1964年であり第二次世界大戦後である。
②× : イギリスで、フェビアン協会が結成されたのは1884年であり第一次世界大戦前である。
③〇 : モンゴル人民共和国が成立したのは1924年であり、第一次世界大戦終結(1918)から第二次世界大戦開始(1939)までのことである。
④× : 極東国際軍事裁判が開かれたのは1946年であり第二次世界大戦後である。

第一次世界大戦(1914~1918年) 第二次世界大戦(1939~1945年)
33第4問
問6改
スペインの歴史について述べた文として正しいものを選べ。
①東ゴート王国の支配下に置かれた。
②イスラーム勢力に対して、レコンキスタが行われた。
③ユトレヒト条約で、ジブラルタルを獲得した。
④人民戦線政府が、スペイン内戦に勝利した。

①× : 東ゴート王国の支配下に置かれたのはスペインではなくイタリアである。
②〇 : レコンキスタとは、イスラム教徒に占領されたイベリア半島をキリスト教徒の手に奪回する運動であり711年のイスラム侵入後から行われた。
③× : ユトレヒト条約で、ジブラルタルを獲得したのはスペインではなくイギリスである。
④× : 人民戦線政府はスペイン内戦に勝利ではなく敗北した。
34第4問
問7改
「亡命」について述べた文として正しいものを選べ。
①ダライ=ラマ14世が、アメリカ合衆国に亡命した。
②ジェームズ2世が、バラ戦争によって亡命した。
③アインシュタインが、ナチ党の支配から逃れた亡命した。
④中国から亡命した衛満が、渤海を建てた。

①× : ダライ=ラマ14世が、アメリカ合衆国ではなくインドに亡命した。
②× : ジェームズ2世はバラ戦争ではなく名誉革命によって亡命した。
③〇 :  ④× : 衛満は渤海ではなく衛氏朝鮮を建てた。
35第4問
問8改
20世紀前半の中国の歴史について述べた文として正しいものを選べ。
①袁世凱が、中華民国の臨時大総統に就任した。
②浙江財閥が、中国共産党と結んだ。
③山東で鉄道国有化に反対する暴動が起こった。
④北京で、中華民国の成立が宣言された。

①〇 :  ②× : 浙江財閥は中国共産党ではなく中国国民党と結んだ。
③× : 山東ではなく四川で鉄道国有化に反対する暴動が起こった。辛亥革命の契機とされる。
④× : 北京ではなく南京で中華民国の成立が宣言された。
36第4問
問9改
「1961年」に関連して、冷戦期の出来事について述べた文として正しいものを選べ。
①ブルガリアで、ドプチェクが、自由化を推進した。
②東ドイツが、アデナウアーの下で、主権を回復した。
③ソ連が、バグダード条約機構(中東条約機構)に参加した。
④ニュージーランドが、太平洋安全保障条約(ANZUS)に参加した。

①× : ブルガリアではなくチェコスロヴァキアで、ドプチェクが自由化を推進した。
②× : 東ドイツではなく西ドイツが、アデナウアーの下で、主権を回復した。
③× : 冷戦期にソ連が参加したのはバグダード条約機構ではなくワルシャワ条約機構である。
④〇 : 太平洋安全保障条約は、アメリカ合衆国とオーストラリア・ニュージーランドの間で結ばれた軍事同盟・集団安全保障に関する条約。

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